アートで見る力を鍛える VTS(対話型美術鑑賞プログラム) 南風編



最近、多くのグローバル企業やアートスクールにおいて、「見る力」を鍛えるために実施されているのがVTS (Visual Thinking Strategy)である。VTSは、ニューヨークにある近代美術館(MoMA)で1983年から10年間、教育部部長を務めていたフィリップ・ヤノウィン氏が中心となって開発した美術鑑賞法。当時、美術館の来館者の1つのアートに対する鑑賞時間が平均10秒以下に過ぎないという統計データや、通常のギャラリーガイドの内容をほとんど記憶していないという調査結果に衝撃を受けた同氏が、対話を中心とする鑑賞法を考案したもの。


VTSでは、通常の美術教育において行われるような、作者や作品に関する情報提供は、ほとんど行われない。そのかわりに、セッションへの参加者には、徹底的に作品を「見て、感じて、言葉にする」ことが求められる。1つの作品あたりおおむね10分以上、純粋に作品を見ることだけに費やす。


ヤノウィン氏は、作品の情報を用いない理由について、『学力をのばす美術鑑賞』(淡交社)の中で次のように述べている。「アート作品は文字に頼らない視覚的なもので、親しみやすい部分と謎めいた部分をあわせ持っている。また、解釈が開かれており、幅広い層に訴えかけるテーマを扱っている。さらに、多様かつ複雑で、概念と感情の両方を喚起するという特性を持っている」


VTSでは、「この作品の中でどんな出来事が起きているでしょうか?」「作品のどこからそう思いましたか?」「もっと発見はありますか?」といった3つの質問によって、「作品そのものへの理解」だけではなく、具体的にいえば、観察力、批判的思考力、言語能力などを高めるとされる。


ビジネスの世界では、ステレオタイプな「モノの見方」に支配されることのデメリットが大きいとされる。ステレオタイプな「モノの見方」から離れて、「見る」というスキルを磨くために、VTSは有効な手段の一つと注目されている。


VTSの質問は、単純な観察から詳細な観察へ、単なる推論から根拠のある推論へ、仮定の構築、そして再考への変化を促していくものだ。改めて3つの質問を見てみる。


  • この作品の中でどんな出来事が起きているでしょうか?(見る力)

なんとなく見るのではなく、意識を持ってすみずみまでアート作品を見る


  • 作品のどこからそう思いましたか?(考える力)

直感を大切にしながらも、作品について考える。「好き」「嫌い」という直感(第一印象)でも構わない。ただし、アート作品が自分にそのような思わせた理由(根拠)をアート作品の中から見つけ出すことが必要。


  • もっと発見はありますか?

意味生成のプロセスを深める役割。この質問を繰り返し用いることで、「わかった」と思っても、もっとよく見て検討すると考えが深まったり、最初の考えが変わることもあるという気づきを促すこともできる。お互いに刺激あって、多種多様の思考を喚起するのだ。

さらにVTSでは、3つの問いに対して自分が思い、考えたことについて、①「話す」(自分の心に浮き上がる様々な考え、感情、疑問などを、「的確な」言葉に置き換えて、周りの人たちに伝える)、②「聴く」(他の人の意見を意識を持って聴く)というプロセスの繰り返しが求められる。


アート作品を見て、言語化するためには、いったん右脳に入った情報を左脳に送り言語化するという複雑な処理が必要となるが、これがアートの鑑賞を深めることにつながる。これが、従来の作家や様式や美術史という知識を通じて教養学的にアートを学ぶのでなく、「美術を通して学ぶ」ことなのである。その結果として見ることへの好奇心、 想像力や共感力、自分の考えやイメージを伝えるための言語力、「問い」を見つける力、メンバーたちと問いを検証していく論理的思考力や批判的思考力、異なる見方を受け止める多様性受容などが養われるとされる。



フィリップ・ヤノウィン、京都造形芸術大学アートコミュニケーション研究センター訳(2015)『学力をのばす美術鑑賞』淡交社

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